また終わるために

いっしょにすごしたときめき

喪を食べる

居なくなってからというもの、人は本当にその人のことを愛し始める時が居なくなったその時なんじゃないかと思う。本当に人が相手を愛し始めるのは、相手がいなくなってからだろう。すなわち、喪を手にするということは、愛の意味を気づき、こねくり回すのも同然という感じがする。1人になって、愛の意味に気づく。

喪を食べる。相手の遺していったSee you laterの、「また今度」の部分を喪に服しながら。芳醇に忍ばれる愛の味。相手の面影や、幻の化身。時々、思い出に心が鷲掴みにされる。

喪を食べるのは、嬉しい、だけど、苦しいことだ。