マフィはくせ毛で、色も白く、少し西洋の血が入っているらしい。私はそれをマフィから今聞いて、浴衣姿の彼女がなんだかレアな玩具の人形のような心地がした。
ここの料理、美味しいね。私、韓国料理って1番好きだな、とマフィが言った。唇をすぼめて、やや太いのコシのある麺をつるる、と食べる姿に、本当に美味しさの感受が滲んでいて、手付かずでいた私まで料理に興味が出たので、ひと口試してみた。たしかに、美味しい。
マフィはお酒をよく飲む。ビールが1番好きだと言っている。私は泡だけでも苦くて何が良いのかわからない。しかし、ビールを喉を動かして飲むマフィは、本当に罪だ。美味しい、と言ってグラスを置きながら息をついた。マフィの眩しい喉元が陰になった。
マフィは、酔っていた。私は、服薬しているからそれほど飲まずにいて、素面だった。けど、マフィのいつもより優しい目元の輝きに私は嬉しくなって、つい、マフィの噂話の切り口に乗り出した。
ねえ、マキノさん、知ってる?じつは、トモエのことを好きな人がいるんだよ。え?トモエから聞いてない?トモエを好きな人はね……
「言わなくていいよ」私は掣肘を加えた。
「えー、言わせてよー、トモエ、告られたんだよ」
誰に、と聞き返したくなる表情をする。マフィはこういうことに関してとても器用だ。
「Rさん」
びっくりした。ざわざわする。私は素面のつもりだったが、カシスオレンジを1杯飲んでいた。酔いが回って来たのかもしれない、と思った。マフィは、酔っている。勢いづいて、あとを続けた。
「ねえ!意外でしょ?トモエ、ああいうタイプとは友人でいたいしそれが限界って言ってたよ。だって、ツンデレってめんどいからって」
ツンデレって、現実に存在するのかと思ったけど、分からない事はそのままにしておいた。私は以前、元彼からツンデレと言われたことがあったけど。
ちょっと今からトモエに連絡してみない?もしかしたら、ここに来てくれるかも!
私はトモエに関して何も感想を抱けず、いいよと同意した。
トモエが来た。
「突然だから驚いたよ、私リモートワークしてたのに」
「ごめんごめん、仕事大丈夫だった?」マフィが言う。
うん、もう終わったとこ、あ、生1つ、とトモエがテキパキそれぞれに応対した。
「今さっきね、マキノさんとトモエが告られた話をしてて」
トモエがぎょっとして私を見た。いやいや、私じゃないよ……。なんだろ、このご愁傷さま、みたいな胸の内は。私は一生懸命言葉を探した。けど、そういう場合はたいてい説教じみてしまうことも承知だった。
トモエは私の心中を察したのか、アハハ、びっくりだよねえ、と笑って言葉を継いだ。でも、Rさん、女の子でしょ。私女の子も好きだけどさ、もうこの歳なら付き合うパートナーは男の人に搾っていこうかなあって思って。それで断ったの。
私は、なんだか腹が立った。普段からバイ・セクシャルを公言しておいて、そんな自己都合でRさんの気持ちを突き返したトモエが、勝手に思えてきた……酔っているのか、酔っていないかもしれないのか、もうどうでもいい。
「あ、それよりマキノさん、浴衣似合ってま……」
「あなた、Rさんに思わせぶりなことしたんじゃないの?」
グラスを傾けかけたマフィの手が空中で止まって、え、という顔をして向けた。トモエも同じだった。相手の言葉を咄嗟に引っこめさせるほどの勢いが私の語気にはあった。
「Rさん、トモエが好きで告ってきたんでしょ。もう一緒になってあげないと。普段からバイ・セクシャルを公言してるからこんなことになったわけだからね」
トモエが真顔になった。マフィは素知らぬふうを、というより落ち着いて私とトモエをながめていた。
「私はちゃんと、真摯に断ったよ。ありがとう、でも友達でいたいの、って。Rさんもそれで納得してくれた」
「もう結婚してあげなよ」
「女同士ではできないよ、マキノさん」マフィが言った。「落ち着いて」
「どうしたの、マキノさん?やきもち?」トモエがにこりともせずきいてきた。私は、頬がかっ、となるのを感じた。
「やきもち、そうかもしれないけど、ただ私はマフィとトモエと私の3人に亀裂が入るかもって、それが嫌なだけ!」
それが言えず、手元にあった残りのカシスオレンジを馬鹿力でぐっと飲んだ。