また終わるために

いっしょにすごしたときめき

【小説】電話、電話、電話・・・・・・ ①

私が携帯電話をスマートフォンに替えたのは、ほんの2、3年前のことで、それまではフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)を使用していた。

けど、LINEもできない上に、私は夫へのSMS(ショートメーリングサービス)だけで月々の支払いがスマートフォンの契約と同じくらいの金額できているということがその時携帯電話水没事故を契機に判明した。それで思い切ってスマートフォンに替えた。なかなか便利であるとすぐに実感できた。なにせ、言うまでもなくLINEという私企業のコンテンツでありながらインフラ化しているツールをたくさん使えるから。

しかし、通話には電話を使っている。ひとつのくせだ、LINEの通話はなんだか馴染めない。ひとつは、非社交的な私の日常に突然相手からのビデオモードでの通話が可能というコンテンツのせいかもしれない。すっぴん汗だく、そのうえ髪の毛が乱れているという状態でも容赦なく(大抵は夫が、時々は友人が)姿を晒すということ、そしてそれを私にも要請され、なかなか断りにくいということなんかが理由だ。だから、まず、相手からLINEで通話の呼び出しがあれば、それには応じずに私からすぐ電話で折り返した。もう夫や友人たちも慣れっこで、LINEで通話をする文化は私たちの間柄では失われていた。

ある日をさかいに、夫と私は、個々別に部屋を持つことにした。理由は、夫のいびきで私が眠れないことと、夫自身からの希望だった。一人の時間が欲しい、と。それは私も同じだったので、結局私たちは個人別に部屋を分けることにした。ところがそのことをきっかけにしてから、夫が夜中に声をくぐもらせて何か話していることが多くなった……誰かと通話しているらしい。翌朝、問いかけてみた。

「昨夜誰かと電話した?」

彼は、いいや、と答えた。私はそれきり、何も深追いしないままうちやった。

それからは、夜中頃週に3、4回はそういう声が隣室から聞こえてきた。それで、また翌朝確認した。

「LINEで何か話したの?フォロワーさん?」

うん、と彼から返事。

なんで言ってくれなかったの、と私はやや感情を滲ませた。言うほどのことでもないか、と思って。彼はそういって、仕事に行った。

イウホドノコトデモナイ。私は録音を再生するみたいにつぶやいた。ある種のくせが夫にはあって、言葉の意味の違いに目ざとくて、意味や意図が通じていても、言葉尻をとらえて返事をする。たとえば今回のケースだと、”電話”と”LINEで話した”の違いをすばやくとらえたらしい。悔しくてたまらなかった。情けなくもあった。

イウホドノコトデモナイ。そうね、あなたはそういって2年前にも、3年前にも、私を裏切ったから。そんなことくらい、言うほどのことでもないのね。私は、それにつまずかないように、むしろ反骨心で夫との結婚を決めたのだった。もう後には引けない、だけど、そのときこそ、本当に・・・・・・。

私にもインターネットで知り合った人はいる。だから、なんともない、それこそまさしく、言うほどのことでもないのかもしれない。テーブルの上に、夫が残したパンの耳を乗せたプレートがある。私は、その食べかけを捨てて、お皿を流し台に置いた。と、思っていたより大きな音が鳴った。びくっとして、お皿を手に取ってみたら、お皿は無傷だったけども、その隣のカップのそばに小さな破片が落ちていた。欠けてしまったらしい。私はそのコップを古新聞にくるんで、捨てた。

その日の夜は、インターネットで知り合った人たちとのオフ会だった。Twitterの相互フォロワー同士で、快速急行で一時間くらいの他県のインドカレーのお店で待ち合わせして、食事を一緒にする。アルコールも少し、希望者は飲んでいいことになっていて、だけど割り勘だ。飲まないと損だ、と私は思った。

主催者のコバヤシさんが、やってきて、マキノさん、お久しぶりです、とあいさつした。今年の8月に一度お会いしてからご無沙汰していましたね、と私も返した。コバヤシさんはSEでまだ20代後半だった。それでも私より年上に見える。子供がいるからかもしれない。私には未知のことだ、子供のいる家庭なんて。コバヤシさんは所帯じみているということだろうか、と私は思った。コバヤシさんの相互フォロワーで、私の知らない男性がすでに店に入って、席についていた。表まで出てきて道に迷っていた私を待っていてくれたコバヤシさんが、彼に私のことを紹介してくれた。こちらは、マキノさん。いきなりだけど、カノジョ、何歳だと思う?

やめてくださいよ、とコバヤシさんを小突いた。私は、もう30後半だ。

「いいじゃないですか、お若く見えるんだし。いつもマキノさんのとしを外した相手の反応を見るのが楽しいんですよ」コバヤシさんが、お世辞がてら言った。

男性の方は、28歳ですか?と、おずおずと答えた。間違えていたらすみません、とあらかじめエクスキューズしながら。私は、そういうことにしておいてください、初対面なのにこんなお願いしまして恐縮ですが、と答えた。場はいつの間にか和やかになって、ほかの方たちもやってきた。コバヤシさんと、エクスキューズの方含め男性4人、私を含めた女性は3人。合計7人だ。急遽、集まることが決まった割には、上出来な頭数だ。私は夫に連絡していないことに気づいて、ちょっと電話してきます、と席を外した。

戻ると、いつの間にかお座敷の席替えがされていて、私の隣はエクスキューズ君になっていた。あの、はじめまして、マキノさん。僕はチヒロと言います。よろしくお願いします。むろん、ハンドルネームだ。ところが彼は続けた。

「チヒロって、男のくせに、と思われるかもしれないですが、本名なんですよ。千の裕福、と書いて、千裕です。マキノさんは、本名ですか?」

切り込んでくる質問だな、とちょっと驚いたけど、そうですね、と正直に答えた。

 

【つづく】←つづかなかったらすみません。がんばります。