生きても死んでも私の人生に仇なすものという認識がある。父親の話だけど。
父親は数日前私に白々しく「ご様子伺い」の連絡をしてきた。元気か、と思ってと彼はエクスキューズした。何か用かとすぐさま牽制した。私は本当に貧しい女だ。
「お父さん、癌になったんよ。前立腺癌なんだけど」
ステージを訊いたら、1と答えが返ってきて、なんの感想もわかない自分にあいかわらず口唇が干上がっていく感覚がした。私の口唇は、父親との会話で満ちることはない。いつも引き潮のように、虚しかったり、乾いていたりする。
レーザーで治療すると再発した時に何も出来なくなるらしいから、思い切って手術で摘出してもらうことにした。
父親が続けた。ふーん?それで?
お父さん、怖いわ。怖くないよ、一瞬だから、と私の返事。本当のことだ。
気持ちをくんで欲しいらしいというのが珍しく父親からうかがわれて、人間なんだなと思った。しかし、それでも私に仇なす、血の通う感じがどうしても見て取れない人物。私にとっての父親は、そうだ。
今まで私は自分が父親を見抜かないばかりにこんなにも生きにくいのかと思っていた。冗談じゃない、父親こそ私を見抜いていないだけで、私は何一つ瑕疵や落ち度はない。
やっと死ぬのかな、とちらっと考えた。私の自由時間がいよいよ始まる、恐ろしい幕開けを感じた。生き血を吸ってきた人生だった。それを、あの地平の向こうに、返してやろう。私のものではないんだから。
お父さん、と呼びかける。
お父さん。