また終わるために

いっしょにすごしたときめき

元気、出ないな

いつものことをいつものような気持ちで取り組めず、心も身体も重苦しい。上手く息ができない、どこへ行こうと私は全人類の爪弾きものだと景色から教訓を受けるようで。

夏の日差し、恋しい木陰の涼風。全てから仲間はずれの私は「もう帰ろうか」とばかり考える……美術展も休みだったわけだし。

誰かいないかと考える。さびしさには夏の空すら困難だと気づく。

【小説】友人

爪切りは、めんどくさいけども、両手の爪が長いままだと、習っているピアノにも不利だし、なんとなく調子が出ないんだ。だから、今朝全部そろえて短くした。

とくに不調はないかもしれないけれど、毎朝眠くて、毎週木曜日の学年集会はうっとうしい気持ちにさせるに充分だ。

私は猫背で冬服の制服を着て、白いスニーカーの曇り空みたいな汚れにうんざりしつつも、友人の家へ一緒に学校に行こうと誘いに行った。

ともちゃん、学校行こう!

返事はない。

しばらく待ってみる。7分経つ。不安が足元から這い上がってきて、ぞくりとする。

遅刻するのかもしれない、返事がないから私だけまるでとびだしたピリオドの孤独だ。

ともちゃーーーん!

まだない。

15分経った。もう遅刻ぎりぎりだ。

先に行くね、といって出た。

忘れ物に気づき、急いで自宅に私はもどり、もう一度、ともちゃんの家の近くを歩いていたら、ともちゃんは、ゆきえと一緒に歩いていた。私に気付かない。わき目も降らずに、私が歩いて、ともちゃんとゆきえも、そうした。

私たちは、遅刻しかけていた。友情は、手元に残らないのだな、とこの時私は気づいた。手の爪は、本当に端正に切りそろえられていた。

【小説】嵐の女神

まきな、ごめんね、ごめんね・・・・・・。

深夜の車内はひんやりしていて、空間というより、空洞のように感じた。母親の声が涙にぬれて、ごめんねを繰り返す。

左腕に包帯が巻かれていて、これが母親の腕か、と思った。私は眠い深夜に父親の車に乗せられて父親の運転で、警察署に向かった。煌々とした警察署の無機質なあかりは、私をほっとさせるというよりはむしろ、私の孤立を容赦なく照射する光だと思った。母親は涙を流してめそめそしていた。父親の怒号。

母親は父親からむごたらしい処遇で夫婦関係をつとめていた。父親からのDVと怒号。涙を流して、悔しいながらも子供を守り、私にはやさしさをつとめて変わらないままで与えようとしていた、献身的な女性だった。美しい、思い出の中だと少なくとも私の母親はそうだった。

ごめんね、ごめんね、まきな・・・・・・自殺なんてしてごめんなさい・・・・・・。

母親の左手首にその縫い跡が残っている。自分の気持ちなんて、もう忘れた。左手首を見せてもらうと、縫い跡があって・・・・・・、それは私が母親に飛び込んだ証拠なんだと思うようにした。

嵐の女神はとても傷つけられてしまっていた。私にはどうしてもなにもできなかった。子供だったから。今もきっと、嵐の女神は、そのまま嵐の女神だ。

だけど、嵐の後のおかあさんのにおい。これだけは私の手元にある。

過ぎ去った日だとしても、もう、身内は一度亀裂の入った関係になれば、星より遠い人になる。嵐の女神とも、そう、たぶん。

好きだけど/好きだから

私はあなたを好きだけど、あなたが私の恋慕に気づいたとき、正気が保てないであろう関係の破壊が怖い。私はあなたに近づく。喜びを感じる。私はあなたから遠のく。あなたはいぶかしげに私を振り向き、私は非常に答えをなくしてしまった子供のように途方にくれる。私は自分を二分しているのだ・・・・・・神経症的に。どうすればこれが、恋だとあなたにわかってくれるだろうか、否、それは自明であるものの、わたしはあなたに打ち明けるわけにはいかないのです。私は、私は、自分を二分しているのです。あなたが好きだ、けど、あなたを好きな私を知られてはいけない。だから、遠のく。これをどうか、どうか、恋心から出る勇気だとわかってください。

世界がむごいやり方で私を愛するから

自分を傷つけてやりたくて、ぶろぐを書くことを思いついたのだけれども、それはあながち間違いじゃない。書くことは、間断なき破壊との闘いなのだから。

私は中学生のころ、とても孤立していて、修学旅行すらひとりでみてまわるという学生生活でひとりでいるという拷問を、学校内だけでなく出先の修学旅行でも味わったのであった。

とにかく中二病の真っただ中で、この属性の人、この所属の人、というふうにしか相手を気にすることができず、私はつねにそわそわと中腰でいるようなこころもちになっていて落ち着けずにいた。勉学に励みさえすればなにもかもうまくいくんだ、この憎しみを原動力に、勉学に尽力するんだ、と思い詰めていたけれど、それほど成績がよかったわけでもなく、数学がとにかく苦手で、いびつだらけの私を私は愛せずにいたのだった。

だれからも愛されなかった。世界中から。私も世界を愛さなかったから、世界も、また私を愛さずにいた。しかし一方で私は世界からむごいやり方で愛されていたのだ。

近づく程に、遠くなるみたいだ

男女はそれぞれ別の存在で、互いが互いの異性に対しあこがれを抱くという事自体がまず矛盾をはらんでいるんですよ。

あこがれはもっとも理解から遠い感情であるにかかわらず、もともと遠い存在である対局の異性にあこがれを抱く、ということは、より遠くに相手を位置させつつ自分から遠回りして敬愛や信愛を埋めていくわけですから。

近づく程に遠くなる。理解とは、誤解の総体だから、そういうこともままある。

永遠といちにち相手と話していたい

永遠と一日、のいいところは、永遠、ときりなく言いつつも、一日のうちでのものだというリミットのあるところかもしれない。

だけど、永遠といちにちとは、夕焼けに照った川がえいえんにはちみつのようにとろりと時間として流れていくことのようだろうなと思う。

瞬間のほとばしり流れ出るような、甘美さ。その人の声を聴いては応答する。いや私が液体になっているからそういう甘美さの比喩が出てきたのかもしれない。時ははちみつ。

眠剤と拮抗してみたらどうなるか

眠剤3粒服薬。眠気がすっ飛んで、ストレスなくなり、とてもハイな気持ちになる。

不健康だと思う。

誰彼構わず、私はきゃぴきゃぴとうざがらみしにいく。ついったーで。ふぉろわに。

軽薄になる。それはわかる。ほしい喪のまとめ買いしたくなる気分だ。

さいきんブログがおざなりになっていて、苦痛を感じる。

あなたの隙を私の好きが梳いていく

好きなんですよね、出会った男性はよっぽどルックスにピンとこない方以外、たいてい好きで、私の中ではすでにそのひとは私の元彼ってことになってんですよ。

そうしないとうっかり隙を梳いていく、同時に私はあなたへの好きの気持ちを梳いていく。そうして好きが深まる。

大好き、ふぉろわっさん大好き。

平和を意志し、その灯りを永遠に分かち合っていくこと

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原爆ドームをみて、被爆や戦争という地獄は絵空事でなく、事実なんだという認識がよりいっそう肉づけされたようでした。


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平和公園は(私はそう呼んでいる)、健やかな幼子の歩みの元にも被爆で殺された人々の命が、匿名のまま永眠しているのだと今日初めて知ったんです……衝撃でした。白骨遺体がおびただしい数でいまだに広島市内中から見付かるという、リアリティ。私は、この話を公園にいたおばあさんの口から伺ったのですが、「殺された」という動詞にハッとしたんです……戦争は、れっきとした殺人罪なんだということに。この言葉の使われ方、おばあさんの口ぶり、私の中で微妙に変化した認識を刻んでおこうと思いました。


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祈りの神殿、という言葉が咄嗟に出るほどしずかでした……しかし、しかし、眠っているのではない、いまだに、そして永遠に祈り続けているままの、静けさ。私の声を圧するほどの祈りの静けさ。忘れてはならないという意味の。


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瓦礫は核爆弾落下の瞬間のまま残されている。私は平和のうちで生を授かり生きてきたから、一生広島の件の地獄について及ばないままだろう、けど、平和を意志するところに満願はなく、永遠にその灯りを分かち合って行かなくてはすぐに絶える。人は、私は、歴史から何を学べるというのだろう?にもかかわらず、憂えずにはいられない。


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平和公園は、今まで私が訪れたどの公園よりも、圧倒的に落ち着く場所でした。死者との対話は、私を生者とのそれよりも最も饒舌にするのだと思ったのでした。