また終わるために

いっしょにすごしたときめき

恋すてふ、その後

 

失恋した、から、なのか私はバーで一人でカクテルを嗜んでいる。もう酔いはまわっていて……一人で飲むのは苦手だ……だからバーに来たけど、マスターによると21:00からでないと人はなかなか来ないらしい。困るな……もう怖くて、帰り道が特に怖くて、帰りたくなってる。しきりにおしゃべりを繰り広げている男性の方がいる……私は待ち人はあらわれないのだなあとつくづく思う。

 


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crying like a child

漠たる思いで見つめる秋空の曇り模様にふと、死を想う。自分の生き方に別の意味を求めてると感じるそのひとと、私は分かり合えないだろうと。それでも希求する気持ちがあるのはどうしたことだろうかと。この人間としての美しい、「にもかかわらず」のかなしみ。そのことから教わる、喜び。

私は夜のうちにいて、泣いている。あの月が欲しいとねだる子供のように。

私は小説家生活ができない

あー、小説書くの、めんどくさいな・・・・・・。最近よく考えるんだけども、「作家はなろうとしてなるものではなく、気づけばなっていたものだ」とかってよく言うでしょ。あれなんなの。本当かなあ、なったから、そう言っているだけなんじゃないの、とか思うわけよ。

「私は文学がないと生きていなかった、文学は必要だったと同時に救いであった」とか言ってる作家さんいたんですよ。ちょっとはっきりとどんな文言だったか思い出せないけども、確かこういう感じのこと言ってたんですよね。そうかとまあ共感しつつ、ちょっと違うなあとも思ったんです。私に当てはめると、「文学への”あこがれ”でここまできた、必要や救いというものはそれほど意識しなかった、ただただ憧れに突き動かされ、踊らされてきた」というのが正解なんですね。

だからなんだ、と言われればそれまでなんですけども、文学に救われるほど上質な人生ではなかったし、文学を必要とするほど充実した暮らしでもなかったから。私はね。

生きてるだけで文学でしょ、ていう視座は未熟な未成年の頃よく考えていたけれども、今はそんなのとんでもない、という気持ちです・・・・・・。小説書くの、面倒くさい。どうすりゃいいのか。

恋(いと)しさと、愛

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愛すべき、と思ってその人を愛することにひとは興味を抱くだろうか……どちらかといえば、ひと目でこの人だ!……と、直観した相手を恋(いと)しがり、愛するのだろうと思うのです。

つまり、大抵のわれわれは、愛すべき、という志向の、"~べき"という愛に興味などおぼえておらず、これは愛だ!と感じたものこそ大切に育むのだろうと思う。人は、誰も正しい愛などに興味なんて無いのである。

言葉の魚はTwitterでも泳ぐ

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私は義侠心というものが(以前もどこかで話したかもしれないが)希薄で、だから今回の騒動ですら、変な言い方だけど私はまあくわしく耳に入ってこない桟敷に座っていた観客のままだったのだろうと思う。みんな適切な世界において、適切であろうとやっきになっているんだなあとなんとなく考えた・・・・・・、答えはもちろんでない。ただの感想だから。

たくさん行きかう言葉の交通があって、そこは便がいいところもわるいところもある。いわゆる、”界隈”というやつのことだ。私はあるとき人から「まきのには界隈がないなあ、だからたぶんだけど、それでフォロワーは増えてもフォローが増えないんじゃない?」と言われたことがあった。なにもない。ということは、なんでもある、という意味かもしれない。どちらでも、いい。私は、界隈や属性に全く興味ない。

それにしても、やっぱり痛手を自身で直に受けたから、人権という意味の強い言葉や徳義心なんかが動機になって発言が出てきたりしていたのだろうか。くだんの人物は個性的で癖の強いという印象はあったものの、もうべつにこれ以上でも以下でもないだろうと思っていた私は、どうしてこんなに話に勢いがついてきていたのかすらわからない。義侠心が希薄だから、いうなれば私の桟敷は一番聞こえにくいところになる。事情通というのが私にはありえないことだから。さびしいけど。

しかし、自分の暮らしがあんまりかき乱されないという点では有利かもしれない。言葉の魚はTwitterでときどき私自身を襲う時があってそれを非常に私は恐れている。だから希薄な義侠心というのは私の防衛機制のひとつなんだろうと自分を理解している。

そのわりに、というか、はぐれメタルに相談したい人というのは一定数いて、私はよく相談を受ける。たいていは深刻だったりする。秘密厳守、という空気があって密度もある。圧倒されるけど、はぐれメタルと自分を決め込んで、役に徹する。そうして泣いていることがある相談者には私からなんでもまとめ買いしてもらうつもりで話を聞いて、ときどき気晴らしに私から言葉をかける。女の子の笑い声っていいよね。

言葉の魚は泳ぐ

フィクションを書くことについて考えると、自分自身がこれまで味わったことの無いほど興奮するのである……強烈な快楽だ。たまらない。

私は、言葉が好きだ。言葉が、たとえ箸であの雲を掴んでみろ、と言われる対象だとしても、巨大な洗濯機(水槽ではない)の中を物凄い速さで泳ぐ魚をいけどってこいと言われる対象だとしても、まるで言葉が大通りを何も通らないのに赤信号待ちするようなものだとしても。

フィクションにしようと試みるだけでも、見えてくる問題点や視座がかなり変わるのである……私は助けられている、生かされている。

例えば「次のフィクションはこうしよう」、「これがいいか、あれがいいか、どうしようか」と思うものの、思い悩むのも楽しい……どんな風に料理しても食べられるんだ、という気がして。とにかくこんな快楽は滅多にお目にかかれないのである。

言葉の魚は泳ぐ……どこまでも。暖かい場所を求めて。いつも、いつまでも。

合気道モード

合気道は、武術ではなくて、「道」という字を書くことからもひとつの人道主義なんだと私は思った。

体験でレッスンを受けて、これは私とのシンクロ率高そうだなとちょっとうぬぼれていた。背筋は伸びるし、腹筋は鍛えられるし、相手と勝負して白黒つけるんではなく・こてんぱんに相手をやっつけるためでもなく、相手と和合するためのひとつの方法なんだということが教わって気づいたことだ。私に牙をむくことで相手が道を踏み誤らないようにさせるということ。これがいわば目的の主軸だと感じた。私は両目をレーシック治療しているため、どうかんがえてもボクシングや空手といった派手な格闘技はむやみな試みと恐れていたものの、こうして合気道との出会いがあって、あ、よかった、これだったんだ、と心底直観したのである。

師範によると(私は師匠、と呼んでしまい、まるでお笑い芸人のような空気にいなってしまったのだった笑)、合気道はひとを殺しかねない一面もあるらしく、武術ではなくとも、護身術として有効なのはその点なんだろうということだった。思わず背筋が伸びる。30年ほど、師範はこの道に入って経ったらしい。圧倒される。

しかし、相手に勝とう、という気迫とか、そういうものが強くなればなるほどそぎ落とされる、ともお話されていた。たしかに、師範はとても柔和だった。きりっとした面持ちというより、シャンとした姿勢に柔らかい声と表情。凛としているという形容がまさにぴったりだ。

私はすっかり魅せられて、合気道モードになっている。合気道が私を待っていたのか?私が合気道を待っていたのか。わからない。けど、こんなにいいものはないという心地である。あと、3回レッスンがある。受けてみる。たぶん。

【小説】電話、電話、電話・・・・・・ ①

私が携帯電話をスマートフォンに替えたのは、ほんの2、3年前のことで、それまではフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)を使用していた。

けど、LINEもできない上に、私は夫へのSMS(ショートメーリングサービス)だけで月々の支払いがスマートフォンの契約と同じくらいの金額できているということがその時携帯電話水没事故を契機に判明した。それで思い切ってスマートフォンに替えた。なかなか便利であるとすぐに実感できた。なにせ、言うまでもなくLINEという私企業のコンテンツでありながらインフラ化しているツールをたくさん使えるから。

しかし、通話には電話を使っている。ひとつのくせだ、LINEの通話はなんだか馴染めない。ひとつは、非社交的な私の日常に突然相手からのビデオモードでの通話が可能というコンテンツのせいかもしれない。すっぴん汗だく、そのうえ髪の毛が乱れているという状態でも容赦なく(大抵は夫が、時々は友人が)姿を晒すということ、そしてそれを私にも要請され、なかなか断りにくいということなんかが理由だ。だから、まず、相手からLINEで通話の呼び出しがあれば、それには応じずに私からすぐ電話で折り返した。もう夫や友人たちも慣れっこで、LINEで通話をする文化は私たちの間柄では失われていた。

ある日をさかいに、夫と私は、個々別に部屋を持つことにした。理由は、夫のいびきで私が眠れないことと、夫自身からの希望だった。一人の時間が欲しい、と。それは私も同じだったので、結局私たちは個人別に部屋を分けることにした。ところがそのことをきっかけにしてから、夫が夜中に声をくぐもらせて何か話していることが多くなった……誰かと通話しているらしい。翌朝、問いかけてみた。

「昨夜誰かと電話した?」

彼は、いいや、と答えた。私はそれきり、何も深追いしないままうちやった。

それからは、夜中頃週に3、4回はそういう声が隣室から聞こえてきた。それで、また翌朝確認した。

「LINEで何か話したの?フォロワーさん?」

うん、と彼から返事。

なんで言ってくれなかったの、と私はやや感情を滲ませた。言うほどのことでもないか、と思って。彼はそういって、仕事に行った。

イウホドノコトデモナイ。私は録音を再生するみたいにつぶやいた。ある種のくせが夫にはあって、言葉の意味の違いに目ざとくて、意味や意図が通じていても、言葉尻をとらえて返事をする。たとえば今回のケースだと、”電話”と”LINEで話した”の違いをすばやくとらえたらしい。悔しくてたまらなかった。情けなくもあった。

イウホドノコトデモナイ。そうね、あなたはそういって2年前にも、3年前にも、私を裏切ったから。そんなことくらい、言うほどのことでもないのね。私は、それにつまずかないように、むしろ反骨心で夫との結婚を決めたのだった。もう後には引けない、だけど、そのときこそ、本当に・・・・・・。

私にもインターネットで知り合った人はいる。だから、なんともない、それこそまさしく、言うほどのことでもないのかもしれない。テーブルの上に、夫が残したパンの耳を乗せたプレートがある。私は、その食べかけを捨てて、お皿を流し台に置いた。と、思っていたより大きな音が鳴った。びくっとして、お皿を手に取ってみたら、お皿は無傷だったけども、その隣のカップのそばに小さな破片が落ちていた。欠けてしまったらしい。私はそのコップを古新聞にくるんで、捨てた。

その日の夜は、インターネットで知り合った人たちとのオフ会だった。Twitterの相互フォロワー同士で、快速急行で一時間くらいの他県のインドカレーのお店で待ち合わせして、食事を一緒にする。アルコールも少し、希望者は飲んでいいことになっていて、だけど割り勘だ。飲まないと損だ、と私は思った。

主催者のコバヤシさんが、やってきて、マキノさん、お久しぶりです、とあいさつした。今年の8月に一度お会いしてからご無沙汰していましたね、と私も返した。コバヤシさんはSEでまだ20代後半だった。それでも私より年上に見える。子供がいるからかもしれない。私には未知のことだ、子供のいる家庭なんて。コバヤシさんは所帯じみているということだろうか、と私は思った。コバヤシさんの相互フォロワーで、私の知らない男性がすでに店に入って、席についていた。表まで出てきて道に迷っていた私を待っていてくれたコバヤシさんが、彼に私のことを紹介してくれた。こちらは、マキノさん。いきなりだけど、カノジョ、何歳だと思う?

やめてくださいよ、とコバヤシさんを小突いた。私は、もう30後半だ。

「いいじゃないですか、お若く見えるんだし。いつもマキノさんのとしを外した相手の反応を見るのが楽しいんですよ」コバヤシさんが、お世辞がてら言った。

男性の方は、28歳ですか?と、おずおずと答えた。間違えていたらすみません、とあらかじめエクスキューズしながら。私は、そういうことにしておいてください、初対面なのにこんなお願いしまして恐縮ですが、と答えた。場はいつの間にか和やかになって、ほかの方たちもやってきた。コバヤシさんと、エクスキューズの方含め男性4人、私を含めた女性は3人。合計7人だ。急遽、集まることが決まった割には、上出来な頭数だ。私は夫に連絡していないことに気づいて、ちょっと電話してきます、と席を外した。

戻ると、いつの間にかお座敷の席替えがされていて、私の隣はエクスキューズ君になっていた。あの、はじめまして、マキノさん。僕はチヒロと言います。よろしくお願いします。むろん、ハンドルネームだ。ところが彼は続けた。

「チヒロって、男のくせに、と思われるかもしれないですが、本名なんですよ。千の裕福、と書いて、千裕です。マキノさんは、本名ですか?」

切り込んでくる質問だな、とちょっと驚いたけど、そうですね、と正直に答えた。

 

【つづく】←つづかなかったらすみません。がんばります。

父親、その②

生きても死んでも私の人生に仇なすものという認識がある。父親の話だけど。

父親は数日前私に白々しく「ご様子伺い」の連絡をしてきた。元気か、と思ってと彼はエクスキューズした。何か用かとすぐさま牽制した。私は本当に貧しい女だ。

「お父さん、癌になったんよ。前立腺癌なんだけど」

ステージを訊いたら、1と答えが返ってきて、なんの感想もわかない自分にあいかわらず口唇が干上がっていく感覚がした。私の口唇は、父親との会話で満ちることはない。いつも引き潮のように、虚しかったり、乾いていたりする。

レーザーで治療すると再発した時に何も出来なくなるらしいから、思い切って手術で摘出してもらうことにした。

父親が続けた。ふーん?それで?

お父さん、怖いわ。怖くないよ、一瞬だから、と私の返事。本当のことだ。

気持ちをくんで欲しいらしいというのが珍しく父親からうかがわれて、人間なんだなと思った。しかし、それでも私に仇なす、血の通う感じがどうしても見て取れない人物。私にとっての父親は、そうだ。

今まで私は自分が父親を見抜かないばかりにこんなにも生きにくいのかと思っていた。冗談じゃない、父親こそ私を見抜いていないだけで、私は何一つ瑕疵や落ち度はない。

やっと死ぬのかな、とちらっと考えた。私の自由時間がいよいよ始まる、恐ろしい幕開けを感じた。生き血を吸ってきた人生だった。それを、あの地平の向こうに、返してやろう。私のものではないんだから。

お父さん、と呼びかける。

お父さん。