また終わるために

いっしょにすごしたときめき

有機的な支持としてどの言葉を選ぶか?

天才とか、才能、といってしまえば、相手へのりかいやつながりを裁断して評価するから、ある意味楽な道なんですよね。

私はそういうのが、言うのも言われるのもちょっと苦手で、もしそれらの言葉を採用するならかわりに「素晴らしい!」とか、テクストを走り回らせて、すごいすごーい!と発話していることのほうが愛を感じるんですよ。なぜなら、天才とか、才能、というものは、その人本人の独力でなく、所与の問題になる言葉だと思うから。

有機的に素晴らしい人を支持するなら、愛と理解を接続していることが大切になる。だったら、私は、犬みたいに転げまわって、すごいすごい!と語彙をなくしているほうがずっと好きです。