また終わるために

いっしょにすごしたときめき

あなたで溢れる季節

夜くんはきっと来ないだろう。

私はきっと上手に正しいさよならが出来ないだろう。

夜くんで溢れる季節が私に復讐するみたいに訪れるだろう。私はその中を漂流するだろう……どこにもたどり着くこともなく。

今からすでにもう正しいさよならの仕方を知らない私自身の不器用をおそれている。私は夜くんに縋って、どうか居なくならないで、とないてしまうかもしれない。困らせてしまうかもしれない。夜くんばかりの季節で心が鐘を鳴らすみたいに、痛み出すだろう。

痛みの季節。私はそれを愛と呼ぶだけ、そうして私を手放さないでいる。

音もなく消える

愛の怖いところは、相手へと続くはずだった扉が静かに消えることで、私は埃のかぶった相手との甘い日々の記憶をダシにして、また愛の再熱を願ってる。

夜くんは消えてしまった。といっても、まだこの地上のどこかには必ずいるという生きながらの離別。こんなにつらい、壊れそうだと思いながらも大事に抱えてきた時間も……鈍色の痛みになった。

忘れたくないこと。けど、私たちはそうつむやくとき、常に既に思い出と記憶の過剰でその思い虚しく、必ず取りこぼす機序に従わずにいられない。忘れたくないのに、忘れずにいられないのである。

夜くんとまた会いたい、会いたい。どんな形でも、忘れられないと思うから。それは願いなんだ、希望なんだ。冷たい北風が、クリスマスへと向かっていく。そこにあなたがいたらいい。

夜くん、涙色の花束をあげるよ

夜くんはきっと私との関係を自然消滅させたいと思っているような気がする。だって、もう2週間以上連絡が無いから。

ねえ、自然消滅はやめよ?最後にきちんと言葉が欲しいんだ……本当は私もとても待ったから、沢山我慢してきたんだよ……変わり映えしない毎日でいいから夜くんが欲しいと思って、ただその一心で。

夜くん、私よ日々の涙色の花束を渡したいよ。だから、さよなら。

幸せになろう

もし、「金銭的にも立場的にもふんだんに保証されて栄光の中生きる」幸せボタン、みたいなのがあったら、押すかな?と自問したけど、私はたぶんやけど押さないんですよね。

今の暮らしで努力していってる事が何なのかは自分でもあんまりよく分からないけども、それでもこの暮らしというか日常を壊されるのが怖いという気持ちが先立って、そーゆーボタンの前で立ちすくんでしまうんだと思うんですよね。

けど、幼い頃の私なら躊躇わずに押す選択をしたと思う……そのくらい野心もあったし、なにより現状にとてもとても泣かされてばかりだったから、とにかく早く抜け出したいと思っていたから。

漱石『行人』は、最後ぐうぐう眠っている主人公の側で手紙を書いているシーンで終わりますよね。たしか……「起こそうか起こさないか、迷う。これでもいいと思うから」みたいな述懐をしてたんだったかな。ちょっと調べてみる。

「兄さんがこの眠りから永久に覚めなかったらさぞ幸福だろうという気がどこかでします。同時にもしこの眠りから永久覚めなかったらさぞ悲しいだろうという気もどこかでします」

斑に幸福、斑に不幸。これでいいと漱石は言ってるんでしょう、きっと。幸福は何も完成形だけを言うのでなく、むしろ完成されていないものの中にこそある。そう思う。

だから、私は完成された「幸せボタン」みたいなのの前にめちゃくちゃ訝しさと躊躇いを感じてしまうんですね。

自分が幸福になることこそ最大の(これまで過去に出会ってきたどうでもいいはずの人間や毒親=父親たちへの)復讐と思ってきたけれど、そんなに拘らなくなった、というのもある。だけど、幸せになろう、という意志がないわけではないんです。

幸せになろう、だけど、変わり映えしない明日を下さい。

身を切るようなさびしさ

夜くん、声聞きたい。会いたい。

私は不安でたまらない。でもよく耐えた方だと思う。

もう3週間ほど連絡がないまま過ぎた。私たち、これで終わってしまうんだろうか?それが心配で不安なんだ。

次は、いつ会える?

昨日髪を短くしてもらった。伸びていた前髪も切ってもらった。

私はいつでも夜くんに会いたい。いつでも。もうすぐ仕事が決まりそうで、私はどうすれば夜くんに会えるんだろう?

夜くん、早くこっち来て。

水底の失意、叫び

夜くんから連絡ないまま、もう2週間が過ぎた。きっとまた、忙しかったり、家族との問題で苦しんでたり、悩んだりして頑張ってるんだと私は言い聞かせて、1人を耐えている。ひとりは別に耐えられるんだけど、放置は耐えられない、とどこかからもう1人の私がそう言って声を荒らげる。

放置は耐えられない、見捨てないで!

……こういう叫び。

愛しさから遠く離れて、不安や失望と戦って……夕方の日ぐれに特に強く迫ってくるそれらと苦戦を強いられている。

全身から溜息が漏れてくる。夜くん、今すぐ会って抱きしめたい。

深い海

彼は静かな深い海の中で暮らしているかのような声で話した。時々感情のさざ波があって、それがより一層の静けさを際立たせる。

まきの、と私を呼ぶ。まきの。

僕は君がたまたまそこにいたから君を選んだというのではなく、君でないといけなかったんだ。

ほんとかなぁ、と私が同じ深度で応えるが、私の声はかすれて彼のようにうまく海に溶け込まない。

彼が傷ついたような顔をして、私を強く抱き締めた。

どうすれば愛を証明出来る?私たちの命題はあきらかに勝ち目のない戦いだ。時に打ち負けてしまいたい時がある。世間に負わされたその傷に。しかし今、隣にいるあなたの呼気があたたかくて、少しあなたの匂いがする。とても安心するような。優しい静けさがやってきて、あなたに私がすっぽり包まれる。鼓動がとても早い。あなたの血液の流れる、その瞬間の軌道。そこに載せるように、私が言葉をかける。

愛してるよりも、なによりも、なにかをなぞりたいような、そういう言葉を。あなたの鼓動の点線をなぞって、その先のあなたにたどり着きたい。それは私たちの来た道なのか、それとも、行き先なのか。

昔の写真

過去の景色を全て天にあずけて昇華してしまいたく、結局それも人の手で、私自らの手で、削除させていった。一つ一つ成仏してくれ、と願いながら。

私はそれでも過去の人を少し残しておいた。美しい過去の地獄もあるのだから。それは忘れられないし、忘れるべきではない。

いつか私も君の季節

いつか私も、あなたの季節の一つに数えられることになったらと思うとこわい。

いつかあなたが「そんな子もいた、いつの間にか途切れた」と話していた過去の誰かのように、私もいつか君の季節のひとつになることもあるだろう。

私は不安と戦い、弱さと向き合い、君を見失うと同時に歪な私を持て余す。