彼は静かな深い海の中で暮らしているかのような声で話した。時々感情のさざ波があって、それがより一層の静けさを際立たせる。
まきの、と私を呼ぶ。まきの。
僕は君がたまたまそこにいたから君を選んだというのではなく、君でないといけなかったんだ。
ほんとかなぁ、と私が同じ深度で応えるが、私の声はかすれて彼のようにうまく海に溶け込まない。
彼が傷ついたような顔をして、私を強く抱き締めた。
どうすれば愛を証明出来る?私たちの命題はあきらかに勝ち目のない戦いだ。時に打ち負けてしまいたい時がある。世間に負わされたその傷に。しかし今、隣にいるあなたの呼気があたたかくて、少しあなたの匂いがする。とても安心するような。優しい静けさがやってきて、あなたに私がすっぽり包まれる。鼓動がとても早い。あなたの血液の流れる、その瞬間の軌道。そこに載せるように、私が言葉をかける。
愛してるよりも、なによりも、なにかをなぞりたいような、そういう言葉を。あなたの鼓動の点線をなぞって、その先のあなたにたどり着きたい。それは私たちの来た道なのか、それとも、行き先なのか。