また終わるために

いっしょにすごしたときめき

【小説】愛を探し、会いに迷い、アイを知り ③ ~伝聞と嘘と、本当の話~

夢の途中、マフィは目をさました。自室でうたた寝をして、夢を最後まで見送ったことがない。いつでも途中で途切れ、ああまだ私は死んでいなかった、と取り残された気持ちになるのである。友人が、何か言っていた気がした。しかし、もう幻である。すべてはもとに戻らない。夢なんだから。

たまに夢の続きをみることもあるらしい。マフィにはない経験だった。まきのはトモエに朝目がさめてからよく夢の話をする。ああ今日の夢の暗示サイアクだった、あの夢、なんかこないだの続きだったんだけど、などと言って。(まきのは夢占いが好きだ。)

夢の中で友人に会うことはたまにある。しかし現実にはもう2度と会えない相手である。死別すると、待ち合わせ場所は夢の中しかなく、しかも約束というよりシェフの気まぐれサラダ的な確率論であり、私の不意をつく逢瀬になる。逢瀬というよりは、私がカメラのような視野で相手を文字通り見ている、そして、ときどきは相手と何かの途中で場面が切り取られている。そのどれもが中途半端に終わる。すうっと現実の私が点描され、徐々に解像度を上げる・・・・・・なんて切ない瞬間なんだろう・・・・・・。

先日お墓参りに行って花を手向けてきたら、その友人の口から花が出てきて止まらないという夢を見た。不思議だ――黄泉の国の言葉はおそらく花なのだろう、とマフィは考えた。お礼を言いに来てくれたのかもしれない。

マフィは、ヴィーに会いたくなった。一緒に暮らしていても、まきのとトモエなしには私との時間を考えてくれない。ヴィーは私をどう思っているかという自問は――いつも、恋人という解答には達しない。急にアルコールが欲しくなった。今日は休肝日ではないし・・・・・・。

16:00を少し過ぎた頃だった。だいたいこのくらいの時間まで昼寝していることが多い。そしてお酒を飲む。マッコリがあったはずだ――アルコールのラインナップはヴィーの趣味である。マフィは、マッコリを飲もうとダイニングへ向かった。

しんとしている空気を破るように冷蔵庫を開けると、冷えたマッコリがあった。コップにすら注がず、そのまま口をつける。生き返るようだった。

まきのはよくマフィに、もう少し計画性をもって飲むことをコーディネートしなよ、と言う。なんだよコーディネートって、とマフィは少し面白がる。調節という意味よ、とまきのは真顔で返事する。私は笑う。若いからなにしてもからだが許してくれる。そういうおごりがまだ私にはある。

マフィは21歳だった。冬に生まれたから、本名を真冬というが、まきのが英語風にマフィ、と呼んでから皆がそう呼ぶようになった。

ヴィー、と声を出して呼んでみた。つかの間の沈黙が耐えられない。ヴィーは、いつも私に不在を与えてばかりのように思え、そしてこれもいつものことだが、そんなヴィーがマフィには恨めしかった。自室にもいないようだ。ヴィー。好き、って言わせて。マフィは思った。

マフィは相手との仲が深まると、強く出すぎるきらいがある。そのことをマフィ自身も悩んでいるが、どういう理由なのか、どういう仕組みなのか、考えれば考えるほどつらくなるばかりで、わからないまま手探り状態だった。ひとりで暗闇相手に戦っている気持ちにさせられて、それすらも相手からの夜だと考えてしまうと恨めしくて仕方ない。ヴィーが私をもっとそばに寄らせてくれないから、と願いを込めて恨む。私とヴィーがひとつになればこんなこと考えなくていいし、苦しまなくていいのに。だれもいない世界に行って私がひとりきり自由になるか、あるいはヴィーとひとつになるか。もうそれしかいらない、だけど、その両方がどうしても実現しないことなのだということも、わかる。私は知っている、ほんとうは私のままで私を愛してくれるということが現実にありえないかもしれないという不安に戦慄せずにいられないのだということを。じゃあ、私って何?と、マフィは考えた。

まきなが以前言葉遊び的な説明をして、トモエとヴィーに雑談を交わしていたのを思い出した(ヴィーがまきのたちの雑談に加わることがまれなのでおぼえている)。ねえ、愛ってよくわからないよね、私=I (アイ)、がよくわからないことと同じく。だから、愛=I (アイ)であり、I は数学だと小文字のi で、虚数なんだよね。つまり、私たちの概念の外側にあると考えて、かかわる方がむしろ見えてくるものかもしれないね。数学のことなんてよく思い出せないけども、虚数。この字面の印象でなんとなくこの世には、つかみきれないものすらつかもうとする考えがあるんだな、ということはわかる。

ヴィーが以前、言っていた。よくわからなかったから、うろおぼえだけど。

「俺は愛にはグラデーションがあると思ってて、愛のやり取りは非-知の領域がどうあっても必要だと思う。けど、どうしてもそれを容認したくない、そんな自分にどうにもできなさそうな場所なんて、考えたらおそろしい」こういう感じのことを。

それは私も思う、とマフィは考えた。けど、自分自身というものがそもそも、親ガチャという言葉の流行からもわかるように、選べないものじゃないか。それは自分の技術介入みたいなものをまったく無視した、私、という不可解な存在が現実に存在しているという事実の裏付けだ。

急に、マフィは人生が怖くなった。よく生きてきたな私、こんな不可解なままで、とまじめになればなるほど、自身の実存のあてどなさに、切実に心配になった。こんなことを話すと、まきなとトモエに笑われるだろう。秘密にしておこう。